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AIが書いた文章はどこまで信用できるのか|個人サイト運営者として考える

検索して開いた記事が、どれも同じような構成で、同じようなことを書いている。最近そう感じる人は多いのではないでしょうか。文章を作るコストが一気に下がった今、読み手にとっての「信用できる文章」とは何かを考えてみます。

文章を作るコストが一気に下がった

数年前まで、まとまった記事を1本書くには、調べ物と下書きと推敲で何時間もかかりました。今では、生成AIに指示を出せば、数十秒でそれらしい文章ができあがります。

これ自体は悪いことではありません。文章を書くのが苦手な人でも、自分の知識や経験を発信しやすくなりました。下書きや言い回しの相談、誤字のチェックなど、書き手の道具としてAIはとても便利です。

一方で、ネットには「誰が書いたのか分からない、どこかで見たような文章」が急速に増えています。検索して上位に出てくる記事が、どれも同じ見出し構成で、同じ一般論を並べている。そう感じたことがある人は多いのではないでしょうか。

AIの文章が苦手なこと

AIは文章を作るのは得意ですが、いくつか構造的に苦手なことがあります。

もっともらしい誤り

生成AIは、膨大な文章から「次に来そうな言葉」を予測して文章を作っています。そのため、事実かどうかとは別に、自然でもっともらしい文章を作ってしまうことがあります。存在しない論文、実在しない機能、間違った手順が、正しい情報と同じ自信のある口調で書かれるのです。この現象は「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれています。

やっかいなのは、文章が流暢であるほど、読み手は誤りに気づきにくいことです。文法の乱れや不自然な言い回しは、これまで「怪しい情報」を見分ける手がかりでした。その手がかりが使えなくなりつつあります。

実際に試した経験

AIは、実際にアプリをインストールしてみる、料理を作ってみる、現地に行ってみる、ということができません。「使ってみた感想」「つまずいたところ」「思っていたのと違った点」は、体験した人にしか書けない情報です。

ところが、AIにレビューを書かせると、体験していないのに体験したかのような文章が出てくることがあります。読み手が本当に知りたいのは、まさにこの部分なのに、です。

新しい情報と、狭い分野の情報

AIの知識には、学習した時点という区切りがあります。料金、制度、ソフトウェアの仕様など、変わりやすい情報は古いままのことがあります。また、情報が少ない狭い分野ほど、誤りが混ざりやすくなります。

読む側が見分けるヒント

文章がAIで書かれたかどうかを見分けるのは、もう現実的ではありません。それよりも、「信用できる文章かどうか」を見るほうが役に立ちます。これは、人が書いた文章にもそのまま当てはまります。

  • 誰が書いたか分かるか:運営者や著者の情報があり、どんな立場の人が書いているかが分かるか。
  • 具体的か:「便利です」「おすすめです」だけでなく、数字、手順、画面、失敗談など、確かめられる具体的な情報があるか。
  • 根拠が示されているか:制度や仕様の話なら、公式の情報への言及や、いつ時点の情報かが書かれているか。
  • デメリットにも触れているか:良いことしか書いていない紹介記事は、宣伝の可能性を疑ってみる。
  • 大事なことは一次情報で確かめる:お金、健康、法律、契約にかかわることは、公式サイトや専門家の情報で確認する。

少し手間はかかりますが、これらは昔から「ネットの情報との付き合い方」として言われてきたことでもあります。AIの登場で、その大切さが増したということかもしれません。

書く側として守りたいこと

このサイトのような個人サイトの運営者にとって、AIは大きな味方であると同時に、立ち位置を考えさせられる存在です。AIで誰でも一般論の記事を量産できるなら、個人サイトが一般論を書く意味は薄れます。

Googleも、文章をAIで作ったかどうかではなく、「人の役に立つ、信頼できる内容かどうか」でコンテンツを評価すると説明しています。同時に、検索順位を操作する目的で、価値の低いページを大量に作ることはスパムとして扱うとしています。道具が何であれ、問われるのは中身だということです。

個人の書き手として、自分なりに大切にしたいと思っていることがあります。

  1. 自分で作ったり試したりしたことを書く:このサイトのWebアプリは実際に動くものを作り、ノウハウ記事は自分の開発環境での手順をもとにしています。
  2. 事実は確かめてから書く:AIや記憶に頼らず、仕様や制度は公式の情報を確認する。変わりやすい情報には時点を添える。
  3. 分からないことは分からないと書く:断定できないことを、断定したような文章にしない。
  4. 誤りは直す:間違いを指摘されたら、確認して修正する。その窓口として、お問い合わせのページを用意しています。

AIを使うこと自体を隠す必要はないと思います。大切なのは、最終的に公開する文章の責任を、人間の書き手が持っていることです。

「信用」はどこから生まれるのか

考えてみると、私たちが文章を信用するとき、文章そのものだけを見ているわけではありません。「この人はこの分野に詳しい」「このサイトは以前も正確だった」「間違えたときに、きちんと訂正していた」。そうした積み重ねが、信用の土台になっています。

文章を作るコストがゼロに近づくほど、文章そのものの価値は下がり、「誰が、どんな経験をもとに、責任を持って書いたか」の価値が上がっていくのかもしれません。小さなサイトでも、いや小さなサイトだからこそ、そこで勝負できる余地があるように思います。

まとめ

AIの文章は、流暢でもっともらしい一方で、事実の誤りや、体験していないことを書いてしまう弱点があります。読む側は「AIかどうか」より「信用できるかどうか」を見て、大事なことは一次情報で確かめる。書く側は、自分の経験と確かめた事実を、責任を持って書く。道具が変わっても、文章と信頼の関係は、案外昔と変わらないのかもしれません。